お時儀
たった一度の会釈から生まれた、名前も知らない相手への淡い気づきがじわじわ胸を占めていく。
🚉 避暑地の駅。毎日だいたい同じ顔ぶれ。
保吉
今日も通勤しんど…でも駅メンはいつもの感じだな
🧑
※忙しい大人、だいたい昨日を思い出す余裕がない。なのに匂いだけは急に記憶を連れてくる。
保吉
あ、汽車の煙の匂い…なんか急に、あのお嬢さん思い出した
🧑
🌫️ 駅のホームに、銀色っぽい服の娘がいる。
保吉
あ、いるな
🧑
※恋の雷ではない。「売店の猫いた」くらいの顔なじみ感。だが人は、そういう油断したところから転ぶ。
👒
お嬢さん
……
保吉
今日はベンチか。今日は歩いてるな。いないとちょっと変な感じするんだよな
🧑
※猫がいなくても少し寂しい。人間でも同じ。たぶん本人に言うとやや失礼。
☁️ 三月のぬるい曇り空の午後。
保吉
仕事で脳が終わってる。本も読む気しない
🧑
保吉
汽車の音、タタタタって感じだな…いや何考えてんだ俺
🧑
🚃 駅に着く。向かいの列車から人が降りてくる。
保吉
え、お嬢さん!? 午後にいるの初じゃん
🧑
保吉
……っ
🧑
🙇 うっかり会釈した。
👒
お嬢さん
……あ、どうも
※反射で会釈。人生はたまに、自分でも説明不能なボタンを押す。
保吉
やっっっば。なんで今おじぎした!?
🧑
保吉
向こう絶対『誰この人』ってなってるだろ…
🧑
🏖️ 保吉、海辺で一人反省会。
保吉
明日会ったらどうする? 向こうシカトかな
🧑
保吉
いや、また会釈返してくれる可能性も…
🧑
保吉
ていうか、あの人、眉きれいだったな
🧑
※さっきまで『事故です』で押し通すつもりだったのに、観察が急に細かい。心が仕事を始めた。
🌅 翌朝、ホーム。決戦の気配。
保吉
会いたくない。でも会わないのもなんか違う
🧑
保吉
変なことしないよな俺…急に変顔とかしないよな…
🧑
※普通のすれ違いに、ここまで命を懸ける男も珍しい。
👒
お嬢さん
……
👀 二人、まっすぐ接近。十歩、五歩、三歩。
保吉
……
🧑
👒
お嬢さん
……
※見た。かなり見た。なのに何も起こらない。この沈黙、下手な会話より情報量が多い。
保吉
今…おじぎしたくなった…! でも耐えた…!
🧑
🍃 お嬢さんは静かに通り過ぎる。
🚃 発車後の車内。
保吉
眉だけじゃないな。目もよかったし、鼻もなんか愛嬌あったし…
🧑
保吉
……これって恋? いや、でも、え?
🧑
※答えは出ない。ただ、薄く明るい憂うつだけが車窓といっしょに流れていく。
🚬 煙が一筋、上にのぼる。
- ▶何でもない会釈が心を揺らす
- ▶恋は自覚より先に始まる
- ▶記憶は匂いと一緒に戻ってくる
芥川竜之介『お時儀』のあらすじ
忙しい毎日を送る保吉は、ある避暑地の駅で見かける銀色の服のお嬢さんを、ただの顔なじみとして意識していた。ところがある午後、いつもと違う時間に現れた彼女に、思わず反射的に会釈してしまう。気まずさに悩んだ保吉は、翌朝の再会を過剰なほど意識しながらホームへ向かう。すれ違いの一瞬に交わされる視線の中で、彼は自分の心が思っていた以上に動いていることに気づいていく。
『お時儀』の作者について
芥川龍之介(1892-1927)は大正期を代表する作家で、『羅生門』『鼻』『河童』などで知られる。鋭い観察眼と知的なユーモア、心理の細やかな揺れを描く筆致に特色がある。『お時儀』は大きな事件ではなく、日常のごく小さな出来事から立ち上がる感情の微妙な動きをとらえた作品で、芥川の繊細な心理描写がよく表れている。
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