温泉だより
温泉町ののんびりした空気の裏で、大男の恋と金と死が妙に生々しく残り、人生のやるせなさがじわっと迫ってくる。
♨️ 温泉宿で長期滞在中
わたし
もう1か月も温泉宿にいるのに、肝心の絵が1枚もできてない
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わたし
でも湯には入るし、本は読むし、町は散歩するし、生活だけは妙に充実してる
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※創作合宿のはずが、完全に湯治と観光に飲まれている
🧓
宿の主人
先生、半之丞って大男の話、聞きますか
わたし
そういう土地の話、好きです。ください
🧑
🧓
宿の主人
萩野半之丞って大工がいてね、とにかくでかい。子どもには大砲より大きく見えたらしいです
👓
な の字さん
いや、ほんとにでかかったです。町のイベントみたいなサイズ感でした
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宿の主人
しかも人はいい。でもちょいちょい話が妙なんです
🧓
宿の主人
町が火事になった時、助けに行こうとして近くの馬に飛び乗ったんですが
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宿の主人
その馬、とんでもない暴れ馬で、畑をぐるぐる走った末に半之丞だけ穴に落として消えました
※ヒーロー出動のはずが、農地アスレチックで終了
わたし
勇ましさと気の毒さの落差がすごいな
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🧓
宿の主人
その後、半之丞は病院に自分の体を売ったんです
わたし
え、どういうこと?
🧑
🧓
宿の主人
死んだ後に解剖していいって契約で、前金300円。残り200円は遺族か指定した人へ
👓
な の字さん
当時ならかなりの大金ですね
🧓
宿の主人
そしたら腕時計買う、背広作る、遊びにも行く。急に景気がよくなったんです
※前金を握った瞬間、人はだいたい予定より派手になる
🧓
宿の主人
で、半之丞が夢中になったのが『青ペン』のお松です
わたし
青ペンって何
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🧓
宿の主人
屋根を青く塗った店ですよ。名前の付け方がそのまま
🧓
宿の主人
お松は小柄で気が強い女でね。半之丞はもう完全にのぼせてました
🧓
宿の主人
怒ると半之丞の胸ぐらつかんで引き倒したり、びんで殴ったりもしたそうです
わたし
あの大男を?
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🧓
宿の主人
それでも半之丞、だいたい機嫌取ってたらしいです
※体格差が恋愛偏差値を救うとは限らない
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宿の主人
しかも金はどんどんお松につぎこむ。腕時計も背広も売るようになって
🧓
宿の主人
作った靴は代金も払えず、結局だれも半之丞がその靴を履いてるのを見てないんですよ
わたし
悲しいのに、妙に絵が浮かぶ話だな
🧑
👓
な の字さん
でも半之丞、子どもの僕には優しかったですよ。一緒に釣りもしたし
👓
な の字さん
東京に帰ったら、箱いっぱいの草と蛍を送ってくれたんです。空気穴まで開けて
わたし
雑だけど優しい。すごく半之丞っぽい
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🧓
宿の主人
けどその年の秋、半之丞は急に死にました
わたし
急だな……
🧑
🧓
宿の主人
お松に遺書を残してね。金がないから一緒になれない、お腹の子のこともどうにもできないって
🧓
宿の主人
自分の死体を病院へ渡して、残りの200円を受け取ってくれとも書いてあったそうです
※恋も借金も契約も、まとめて遺書に入ってくると急に現実が重い
🧓
宿の主人
死に方も変わっていて、共同風呂に一晩沈んだまま、心臓が止まったんです
わたし
体に傷をつけないためか……
🧑
🧓
宿の主人
そう言う人もいるし、いや残り200円のためだって言う人もいます
※人の最期まで、町の噂はきっちり二派に割れる
🏣 翌日、町を散歩中
👓
な の字さん
で、お松はその後どうなったんです?
🧓
宿の主人
半之丞の子を産んでから、酒屋に嫁ぎました
👓
な の字さん
子ども、本当に半之丞の子だったんですか
🧓
宿の主人
そっくりでしたよ
🧓
宿の主人
その子なら、ほら、あの郵便局の中の青年です
🪟 窓の向こうで青年が事務作業中
わたし
ああ、なんだか妙にうれしくなるな。ちゃんと今につながってる感じがする
🧑
🧓
宿の主人
でもね、あいつも最近『青ペン』通いばかりなんですよ
※町の歴史、まさかの周回プレー
🌉 みんな無言で橋まで歩く
- ▶人の噂は哀しみさえ少し可笑しくする
- ▶恋と金は人生をあっさり曲げる
- ▶物語は終わっても、町では続いてしまう
芥川竜之介『温泉だより』のあらすじ
温泉宿に長く滞在している「わたし」は、宿の主人たちから町にいた大男の大工・萩野半之丞の話を聞く。半之丞は人のよい男だったが、豪快でどこか抜けており、やがて「青ペン」のお松という女に夢中になって金を使い果たしていく。実は半之丞は生前に病院へ自分の遺体を売る契約をしており、追いつめられた末に奇妙な形で命を絶ってしまう。後日、散歩の途中で半之丞の子だという青年の姿を見た「わたし」たちは、因縁が今も町の中で続いていることを知る。
『温泉だより』の作者について
芥川龍之介(1892-1927)は、大正期を代表する作家で、『羅生門』『鼻』『河童』などで知られる。鋭い観察眼と皮肉、端正な文体を持ち、古典題材から現代の市井の話まで幅広く描いた。『温泉だより』は、随筆のようなのんびりした語り口の中に、地方の噂話めいた一人の男の悲喜劇を織り込み、芥川らしい冷静さと人間観察がよく表れた作品である。
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