犯人
たった一言のささやかな願いから、恋する若者の心がどこまで崩れていくのか――その危うさに息をのむ。
🍂 晩秋の井の頭公園、午前10時デート開始
鶴田慶助
森ちゃん、今日の空めっちゃ青いね
🧥
📚
小森ひで
紅葉もきれいだし、空気も澄んでるね
※本音は「二人きりになれる場所どこ?」である
鶴田慶助
お弁当、半分こしよ
🧥
📚
小森ひで
うん。こういうの、なんかいいね
📚
小森ひで
一緒に帰れる家があったら幸せだろうね。小さな部屋でもさ
※その一言が、恋する若者の理性に直撃した
🚉 吉祥寺駅ホーム
鶴田慶助
じゃ、また。ちょっと部屋のこと考えてみる
🧥
📚
小森ひで
ほんと? 無理しないでね
※手をそっと握って解散。恋の暗号、発動
🏠 三鷹の姉夫婦の家
鶴田慶助
姉さん、二階の部屋ちょっと貸してくれない? こんど結婚したいんだ
🧥
👘
姉
簡単には決められないよ。うちにも都合があるんだから
鶴田慶助
そこをなんとか…!
🧥
👘
姉
自分たちの暮らしをまず考えなさい。甘くないよ
※恋と現実が正面衝突。しかも急カーブ
🌫️ その後、取り返しのつかない事件が起きる
※ここから先は、ひとつの思いつきが人生を壊していく速度が速すぎる
🚃 電車で東京方面へ
鶴田慶助
……え、ほんとにやったのか、俺
🧥
鶴田慶助
でも森ちゃんに会いたい。部屋、借りられなかったのつらすぎる
🧥
※大事件の直後なのに、頭の中心はほぼ恋で埋まっている。若さ、怖い
鶴田慶助
……よし、遊ぶか
🧥
🏮 日本橋の待合「さくら」
鶴田慶助
スズメさん、いる?
🧥
🐦
スズメ
あら、慶ちゃん。久しぶり
鶴田慶助
風呂借りたい。あと酒とたばこもお願い
🧥
🐦
スズメ
はいはい、今日は景気いいねえ
※急に羽振りがいい男、だいたい事情が重い
🛁 風呂場で服を洗う
鶴田慶助
自分で洗うから大丈夫。こういうの慣れてるし
🧥
※慣れていてほしくない種類の落ち着きである
🕯️ 停電、真っ暗
鶴田慶助
……え、急に暗っ
🧥
鶴田慶助
森ちゃん、ごめんよ……
🧥
🐦
スズメ
ちょ、廊下で何してるの? 一人で怖かったの?
鶴田慶助
……まあ、そんな感じ
🧥
※強がりたいのに、闇の前では人はだいたい正直
🥃 酒、酒、また酒
鶴田慶助
嵐の中にこそ平穏、ってやつか……
🧥
🐦
スズメ
急に詩っぽいこと言うじゃないの
※文学に無関心だった男、極限で急に詩人ぶる現象
🌅 夜明け、現実だけが戻ってくる
鶴田慶助
だめだ。酔いが切れるたび、全部わかってしまう
🧥
鶴田慶助
新聞……まだ出てない? 逆に怖いんだけど
🧥
※静かなほうが怖い時ってある。しかもかなり
🛏️ 会社の寮へ戻る
👔
同僚
鶴! どこ行ってたんだよ。三鷹から何回も電話きてたぞ
鶴田慶助
……え、何て? それだけ?
🧥
👔
同僚
とにかく急いで来いって。森ちゃんも心当たりないって言ってた
※世界が普通の顔で話しかけてくるのが、いちばん不気味
🧳 荷物を売り払い、逃走モードへ
鶴田慶助
金があるうちは逃げよう。どうにもならなくなったら……
🧥
💊 眠り薬を買う
※最後の逃げ道まで用意するあたり、もう追いつめられている
🚂 大阪行き急行列車
鶴田慶助
詩でも書くか……森ちゃんに残すやつ
🧥
鶴田慶助
『われに、眠り薬あり。飲めば、死ぬ。いのち、』……いや、続かん
🧥
※人は追いつめられても、急に名作は書けない
鶴田慶助
遺書もダメだ。何書いても軽く見える
🧥
🍶 京都から大津へ、さまよう
🧢
北川
久しぶりじゃん。元気そうだな
鶴田慶助
まあね。服でも売って飲もうぜ
🧥
※明るさが逆に切ないやつ
🏨 大津の旅館、夜
鶴田慶助
水、ください
🧥
📰 数日後、知らせが東京へ届く
🥃
義兄
大ごとにしたくなくて、内々で探してたんだが……遅れたな
👘
姉
若い人の恋って、笑えないね……
- ▶思いつきは人生を壊す
- ▶恋は人を盲目にする
- ▶日常の言葉が悲劇の引き金になることもある
あらすじ
同じ会社に勤める鶴田慶助と小森ひでは、貧しく不自由な暮らしの中で将来を夢見る恋人同士だった。ある日、ひでの何気ない一言に背中を押された鶴田は、部屋を借りようとして姉の家を訪れるが、そこで取り返しのつかない事件を起こしてしまう。動揺したまま東京をさまよい、酒や遊びで現実から逃げようとするものの、不安と恐怖は消えない。やがて鶴田は各地を転々としながら、恋と罪と逃避のはざまで追いつめられていく。
作者について
太宰治は昭和期を代表する小説家で、人間の弱さや滑稽さ、自己嫌悪を鋭く描いた作品で広く知られる。『走れメロス』『斜陽』『人間失格』などで有名だが、短編では日常の感情が一気に破綻へ転じる瞬間を描く手腕が際立つ。『犯人』もその一つで、恋愛の陳腐さと切実さ、そして衝動の恐ろしさを皮肉と哀しみを交えて描いている。