高瀬舟
貧しさの中でも満ち足りて生きる男と向き合ううち、役人の心に「罪とは何か」という答えの出ない問いが深く沈んでいく。
🚣 夜の高瀬舟、罪人を大阪へ送る船
※この船、だいたい泣きの送別会になる。空気はかなり重い。
羽田庄兵衛
今回は弟を死なせた罪の男、喜助か…
🧑
羽田庄兵衛
でもこの人、妙に落ち着いてるな
🧑
🌙 月のにじむ静かな川
羽田庄兵衛
普通もっと絶望するだろ…なんでそんな晴れやかな顔なんだ
🧑
羽田庄兵衛
喜助、お前さ、島へ行くの怖くないのか?
🧑
🙇
喜助
ありがたいことに、あんまり怖くないんです
羽田庄兵衛
え、そっち?
🧑
🙇
喜助
京都にいても、ずっと食うのに苦労してましたから
🙇
喜助
島には『ここにいろ』って場所があるんですよね。それだけでも助かります
🙇
喜助
しかも今、二百文も持ってるんです。こんな大金、自分のふところに入ったことなくて
※遠島なのに、人生初の貯金でちょっと未来を見ている。価値観の揺さぶりが強い。
羽田庄兵衛
二百文でそんなに…
🧑
羽田庄兵衛
……いや待て、俺だって毎月けっこうギリギリだわ
🧑
※役人サイド、急に家計の現実に刺される。
羽田庄兵衛
家族はいるし、収入はある。でも満たされてる感じ、あんまりないな…
🧑
羽田庄兵衛
この人、なんでこんなに足りてるんだ
🧑
羽田庄兵衛
喜助さん…いや、喜助。弟のこと、話せるか?
🧑
🙇
喜助
はい。情けない話ですが…
🏚️ 貧しい長屋暮らしの兄弟
🙇
喜助
親が早くに亡くなって、弟と二人でずっと助け合って生きてきました
🙇
喜助
でも弟が病気になって、働けなくなって…自分を責めてたんです
🙇
喜助
ある日帰ったら、弟が自分でのどを切って倒れていました
羽田庄兵衛
……っ
🧑
🙇
喜助
弟は『苦しい、抜いてくれ』って頼んだんです
🙇
喜助
医者を呼ぶと言っても、もう無理だって…ただ早く楽にしてくれと
※ここ、軽口を挟めない種類の重さ。舟の空気がさらに沈む。
🙇
喜助
自分、頭の中が真っ白で…言われた通りにしてしまいました
🙇
喜助
抜いたあと、弟はすぐ息を引き取りました
🙇
喜助
あとで思えば、なんであんなことをしたのか、自分でもわかりません
羽田庄兵衛
それは…弟を助けたかったのか、死なせたのか…
🧑
羽田庄兵衛
罪って、そんなに簡単に線を引けるものか?
🧑
※お役目の答えは決まっている。でも人の心は、書類みたいに四角くならない。
羽田庄兵衛
俺にはもう、何が正しいのかすぐには言えないな…
🧑
🌫️ 舟は黙って夜の川を下る
- ▶足ることを知る難しさ
- ▶法と人情のズレ
- ▶善意はいつ罪になるのか
森鴎外『高瀬舟』のあらすじ
京都から大阪へ罪人を運ぶ高瀬舟で、同心の羽田庄兵衛は弟を死なせた罪で遠島になる喜助を護送する。ふつうの罪人と違って穏やかで、むしろ安らいだように見える喜助に、庄兵衛は強い違和感を覚える。話を聞くと、喜助は極度の貧しさの中で生きてきたため、島へ渡れば居場所とわずかな蓄えがあることをありがたく感じていた。さらに弟の最期の事情を知った庄兵衛は、それを単純に「殺人」と呼んでよいのか迷い、法と人情のあいだで深く考え込む。
『高瀬舟』の作者について
森鴎外(1862-1922)は明治・大正期を代表する作家であり、軍医・翻訳家・思想家としても活躍した。『舞姫』『山椒大夫』などで知られ、理性と感情、制度と個人の葛藤を鋭く描いた。『高瀬舟』は晩年に近い時期の作品で、簡潔な文体の中に、貧困・安楽死・司法判断といった重い問題意識が込められている。
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